長期休み明け

この時期になると、子どもの自殺を抑止しようというような記事を見かける。それは良いと思う。
でも「逃げていい」「学校に行かなくていい」「ひとりじゃない」と言われたり、個人的な(成功)体験談を語られたりしても困ってしまう子どももいるような気がする。
僕も子どもの頃には虐められていたから、子どもの頃に戻ったつもりで想像してみると、僕なら逃げ場所を教えて欲しいし、逃げてからどうするのかわからなくて不安だし、逃げたり学校に行かなかったりした時に直接親と対峙しなきゃいけないのは僕だ。現実は一人だ。もちろん自分と同じ様な人がいて、行動した人の言葉は力になる部分はあるけど、僕はその人とは違うし、具体的に過ぎてどうにも自分の事に当てはめて想像しにくい部分もある。
最後の部分について言えば、体験談より物語の方がしっくりくる。例えば、渡辺ぺこさんの漫画「ラウンダバウト」第3話(登校拒否してる女の子の話)なんかを読むと、綺麗事ばかりではない逃げる意味や目的、責任に触れられていて、物語に共感しながら自分の状況に当てはめて考えさせてくれる。
今の社会に沿うような(先生や友達や誰かによって解決されるような)結末に進まない、「逃げる事」「学校に行かない事」が受け入れられたまま進行していく物語や「逃げよう」「学校に行かないでおこう」と考えさせてくれるような物語がもっとあっていいと思うし(僕が知らないだけでたくさんあると思うけれど)、そういう物語と子どもとの接点を作ってあげる事も支援になるんじゃないかなと思う。

逃げ場所には図書館や動物園が手を挙げたりもしてくれているけれど、(ただでさえ忙しいし迷惑だと言われるかもしれないけど)僕は個人的には保育士がいる場所が良いと思う。保育士は文科省下の教師ではなく、厚労省下の児童福祉の専門家だから教師とは価値観が違う人も多いし(教師みたいな人もいるけど)、人を受容するのに長けている。児童は18歳未満という定義だから逃げたい子どもも十分に職務の範疇にある。守秘義務もあるのも大きい。その意味で、児童館や保育所等がもっと逃げ場所になって欲しいし、児童福祉としてこの問題に積極的に取り組んで良いと思う。馬鹿馬鹿しいと言われるかもしれないけど、変に家出をしてしまうくらいなら、児童養護施設なんかがプチ家出の受け皿になってもいいと思う。
また、子どもが逃げ場所、相談する場所としての人を選べていいと思う。だから、相談される人の見える化はもっとされてもいいと思う。子どもはSNSやブログなんかで価値観が見える化されている人に遠慮なく相談してもいいと思う。ただ、見知らぬもの同士、大人も子どもも自分を守れるシステムや、相談された大人が子どもを福祉と繋げられる窓口も必要だろうし、現状では色々問題があるとは思う。

僕は20歳過ぎてから立ち止まってから流される事を止めて、自分を見つめ直して、歩む道を変えたからやり直すのが大変だった。中学でも高校でも、逃げる事をきっかけにして、ゆっくりでも、本当に自分のやりたい事を探したり、見つけたりできるなら、早い時期にそういう機会が得られる事って羨ましいと思う。